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・インタビューしちゃいました!! 2016-06-20 17:42

ロベール・ルパージュ「887」 インタビュー

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Photo : Jocelyn Michel / Consulat ( leconsulat.ca )

6/23(木)東京芸術劇場にて「887」初来日公演が開幕。
2016/6/14(火)に、作・演出・美術・出演のロベール・ルパージュのインタビューが行われた。

 

◆テーマについて

Q.なぜ記憶をテーマにしたのですか。

私の出身、フランス語圏であるカナダのケベックでは集団記憶の問題があり、50年代(生まれ)のアーティストには、果たして我々の集団的記憶が正しいのかという問いがあります。つまり、場所から発生したテーマになります。今、これだけ色々なものに開かれている世界の中で、ケベックの若い世代の人たちは60年代のことを忘れています。社会的にも政治的にも、もちろん文化的な意味でも重要な時代ですが、あまり知られていない。若い人たちはその時代を生きていなかったということがあるかもしれませんが、一方で私たちの世代も意識的にその時代を忘れています。ですので記憶する努力が大切だと思っています。

 

Q.クリエイションを通じて、自身の中で変わったこと、気づきはありますか。

自分自身の幼少期、思春期の記憶と向き合う作業では、「発見」がありました。忘れていたことの中には、簡単に思い出せることがある一方で、重要にも関わらず自ら思い出すことを拒否していた記憶もありました。リサーチにあたって、当時のアナログ写真をデジタル化し投影して、作品に使用するか決める作業をしました。拡大されて投影されると、タペストリーのテクスチャや、小さなオブジェの存在など前にはわからなかったデティールが見えてくる。50年前の写真を見て、「こんなことを自分が覚えているんだ」という驚きがありました。思い出す努力をすることは、そういったことを発見する作業でもありました。

 

Q.タイトルの887に込めた意味について

数字というのは面白いもので、数字そのものには意味はなくても、思い出と結びつくことにより、意味を持ちます。ご存知の通り、タイトルの887 は私が子供のころに過ごしたアパートの番地です。今回の芝居の冒頭で観客に向かって「今、私は自分の電話番号がわかりません」という台詞がありますが、現在、私たちのほとんどがスマートフォンを持ち、電話番号を記憶させるので、番号なんて覚えていられません。けれど幼いときに覚えた家の電話番号や、番地の数字は頭の中から消えない。意味を持っています。

 

Q.この作品には個人的な要素と、政治的な要素の層がいくつも重なっていますが、クリエイションする中でどちらが先にありましたか。

脚本を執筆する際に社会的、政治的な要素が入るであろうことはわかっていましたが、出発点は私個人の記憶です。なぜなら、あまりに大きなテーマだけを作品の中で語ってしまうと、観客はうまく物語に入り込めないからです。最初にシンプルかつ平凡で日常的なことから語ることが、ある意味観客にとっての「扉」になるのではと思い、今回は私自身の記憶というパーソナルなことから物語を始めました。

 

Q.なぜ、ある特定の地域で起きたことを題材にした作品が世界中で愛される作品になったと思いますか。

映画や文学の世界でも誤解している人が多いと思いますが、ユニバーサルなことを語りたいときに、(作品を)国際化しなければいけないと考える人がいます。ですが私はそのような時ほどローカルなことを語るべきだと考えています。例えば映画祭で大賞をイランの監督が受賞したとき、外国の人にとってイランは文化も全く違う国ではありますが、社会や文化が違っても人間的に通じることを見出すことに意味がある、といったことです。ですので、普遍的なことを語りたいと思ったらむしろローカルなことを語るべきで、さらに自分が誰なのか、何者なのか、ということから語るべきだと思っています。

 

Q.この作品が世界で受け入れられたのは、扱われている内容が今の社会問題と直結しているという点があると思いますが、どのように考えていますか。

(作品の中で扱われる)静かなる革命や十月危機などを、今の世の中で起きている政治的緊張やテロと意図的には結びつけることはしていません。60年代のケベックの政治やテロについて語っていますが、それをどう受け取るかは観客の自由です。しかし何かしらカナダの60年代の緊張感というのは、今の人に呼び起こすものがあると思います。例えばこの作品はスペインでも上演する予定ですがそこではカタルニアの問題があり、既に上演した英国ではスコットランド独立の問題がありました。常にわれわれは何者なのか、国境とは何なのかということは普遍的なテーマだと思います。

 

◆演出について

Q.記憶を表現にするために、どのような手法を使いましたか

幼少期が題材ですので、子供の遊びというのを手法として使いました。作品で語られることは複雑ですが、舞台で使われるのは模型や小さい車のおもちゃ、人形など、どこかナイーブなところがあります。それが今回の公演全体の特徴だと思います。つまり、観客自身も自身が遊んだものから記憶を思い出すきっかけになるようにこれらを使ってみました。どこか子供らしい、児戯的なところがあるのが特徴です。今回は自分史を扱うにあたり、舞台で使う物の大きさということを気にしてみました。個人的なことを思い出すのであれば小さなものを使う、社会的で大きな話題について話すときには大きいイメージを使うことを考えました。ですのでこの舞台では模型が沢山使われています。模型を使うアイデアは、以前大阪の博物館で見た、時代によって縮尺の違う模型から着想を得ました。

 

Q.作品内の映像と芝居のバランスについてどう考えていますか

演劇において、映像など新しい技術を使うことは、他の芸術形態を持ち込むことですから、それによってテーマがかき消されてしまう危険性があると思います。しかし私はそのバランスにはいつも気を使っていて、映像を始めとするテクノロジーはテーマを語るための一つのツールとして使うようにしています。重要なのはどのように使うかということであって、演劇の障害とは思っていません。またこの作品に関してはテクノロジーはすごく控えめで慎ましやかに使われています。大きな映像をドンと使うのではなく、小さな部分に使用したり、全体の背景に溶け込ませたりと、穏やかに控えめに使われています。けしてテクノロジーのデモンストレーションをしているわけではありません。

 

Q.映像を使った演出手法について80 年代当初どんな反応でしたか。

最初に私が映像を使った演出を始めた頃は、演劇界の主流は言葉に重きを置いていました。特に英国のように、お芝居は「語る」ことが大事であり、テキストとはある意味聖なるものであると考えている人が多い国では、私のやり方はある意味ショックだったのだと思います。ですがこの30~35 年余りで、演劇もどんどんビジュアルを重視したものや身体的な作品も出てきました。私はその進化をずっと見続けて、立ち会ってきたのだと思います。最初はテキストが支配的だったけれど、人々が変わり新しい技術を取り入れていく、その過渡期を見ることができました。

 

Q.日本でも映像を使った作品が多いですがそこに頼りきりになってしまうことがあります。映像と俳優が共演することの良い点、難しさについて。

以前は映像と芝居することは、重くて大げさなものでした。機材自体も大掛かりでしたし、大変だったのである意味俳優が映像の「奴隷」になってしまっていました。現在では技術も発達して、双方向に映像と演じられるようになりました。俳優自体にも最新の技術を使う面白味が出てきたと思います。今や舞台における映像は照明や音響と同じくらい、当たり前のものになってきています。シンプルを目指して使ったほうがいいと思います。ただ、こういった新しい技術を取り入れることはとても重要で、新しい技術を使うことは新しい芸術様式を生むものだと思います。一番良い例が、19世紀の絵の具の発明だと思います。油絵の具より早く乾く水彩絵の具が生み出され、簡単に印象を書きとめられるようになったおかげで、印象派が生まれました。だから新しい技術を使うこと自体にはとても意義があります。

 

◆その他

Q.今までどのような国でツアーをしましたか。

この作品はカナダではなくフランスでクリエイションしました。最初はヨーロッパをまわり、最近ではモントリオールで2ヶ月上演を行うなど、カナダでツアーをしています。フランス語、英語、イタリア語の三ヶ国語バージョンがありまして、今後南米ツアーではスペイン語で上演します。言い訳ではありませんが、今回は日本ツアーの前に日本語を練習する時間がありませんでしたので(笑)、次は日本語でやりたいと思います。

 

Q.一人芝居についてどのように考えていますか。

他の俳優と演技するのはもちろん楽しいことで、私にとって満足する経験ではありますが、一人芝居は俳優にとても自由があります。他の人に攻撃的になることなく好きなことを沢山話せるという特徴が一人芝居にはあり、パーソナルなことを語るのに向いています。またもう一つの特徴は、一人芝居は「孤独」を語れること。俳優が一人で、孤独について話すことに一人芝居は向いています。

 

Q.これまでの作品で文楽の人形を取り入れているのものがありましたが、他にも日本の文化で影響を受けたものがありますか。

私の舞台作品は全般的に日本の演劇、特に伝統演劇の影響を受けています。文楽に限らず、日本に行くときには歌舞伎も見ます。日本人自身は気づいていないと思いますが、伝統的な演劇にこそ、開かれている精神というものがあります。一見様式に閉じ込められていると思われがちですが、様々な表現形態が合わさって使われているところに自由を感じます。俳優の演技のみならず、台詞や音楽、ダンス、衣装、あるいは装置の建築的な様式美など、そういった様々な要素の交差を感じます。欧米ではオペラがおそらく該当すると思いますが、常にいくつもの表現形式を使うことができる、開かれた考え方に興味があります。

 

Q.日本の観客に向けて

今上演されているシルク・ドゥ・ソレイユなど、私の作品は日本でも沢山上演されていますが、私自身が日本で演じるというのはとても久しぶりなんです。自分で演じられるというのをとても楽しみにしています。

 

【公演情報】

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Photos by Erick Labbe

ロベール・ルパージュ「887」(日本初演)

今世紀における最も重要な舞台演出家の一人ともいわれるケベック生まれのフレンチ・カナディアンの演出家ロベール・ルパージュ。 シルク・ドゥ・ソレイユ「トーテム」の演出も担当するルパージュの最新作。

日程・会場:
2016/6/23[木]~26[日] 東京芸術劇場 プレイハウス
2016/7/2[土]・3[日] りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場

作・演出・美術・出演:ロベール・ルパージュ