・インタビューしちゃいました!! 2017-08-24 19:06

PARCO Production「この熱き私の激情」 松雪泰子 インタビュー


特殊な空間で「味わったことのない感覚になる」と 聞いているので、今から楽しみにしています

フランスの小説界にセンセーショナルに現れ、たった8年で衝撃的に去っていた女流作家、ネリー・アルカンの小説を舞台化させた「この熱き私の激情~それは誰も触れることができないほど激しく燃える。あるいは、失われた七つの歌」。2013年にマリー・ブラッサールの演出によりカナダ・モントリオールにて初上演され大きな話題を呼んだ本作は、ネリー・アルカンの数篇の小説を重ね合わせ、美しくも激しいネリーの生涯を見つめていく。日本上演に挑むのは7人の女たちだ。その1人である松雪泰子に話を聞いた。

――出演が決めるにあたって、本作で一番魅力に感じた部分はどのようなところでしたか?
松雪「映像資料をいただきまして拝見したんですが、舞台美術がものすごく素晴らしくて。それを見て、マリーさんの演出を受けてみたいと思いました。1人の人物を何人もの俳優があらゆる測面や多面性を表現していくという舞台なんですが、閉じ込められた環境の中で、独白のような形で表現するというのはすごく面白そうだと思っています。怖くもあり、ですけれど。海外の演出家さんだときちんとワークショップをやって、密度を上げていく稽古をやっていくと思いますので、そこは積極的にいきたいですね。楽しみです」

――舞台上にいくつもの区切られた箱のようなものがあって、その中にそれぞれの女優がひとり入って演技をしていく形なんですよね。舞台ではずっとその中で、ほかの方とも会わずに演技をするんですか?
松雪「そう、出ないんです。他の人も見えない。お客さんからは全部見えているけど、演じている側はただ壁に囲まれた中なんです。なのですごく不思議な感覚になると思います。孤独な感じになると思うんですが、共演している方とも一緒にやっているんだけれども一緒にやっていない感じになるというか。声だけですから、それを頼りにしてやっていくことになるので。実際にやってみたらまた違う感覚になるかもしれませんけど」

――通常ならアイコンタクトなどでコミュニケーションする中で生まれてくるものも孤独な孤独な中で組み上げていかなければならないとなると、非常に難しそうです。
松雪「それでも、どんな作品でもそうですが前のシーンから来た熱量やバイブレーションと感情を絶対に落とさずに、共有したまま常に表現していかなきゃいけない。それが観にきてくださった方にダイレクトに共有できていく、していかなきゃいけないものだと思っています。それは共演しているとの密度、俳優同士の密度が濃ければ濃いほど伝わり方は全然変わってくる。今回は、箱の中に入って直接コミュニケーションできない分、稽古場でたくさんやっておかないといけないことなんだろうなと思います。この間、霧矢(大夢)さんの舞台を観に行ってご挨拶しましたが、みなさん初めての方ばかりなので、共演できるのがとっても楽しみです。女性ばかりというのも初めてなので、楽しみですね」

――演出のマリー・ブラッサールさんとも一度お会いになったと聞いています。どのような印象を持たれましたか?
松雪「すごく感覚的に役の造形を作っていくような印象がありました。精神構造とか骨格をお話ししていく中で作っていけそうな気がします。まだ、詳しくはわからないですけど…。彼女の演出する空間は特殊で、その空間の中で独白して表現していくのは「味わったことのない感覚になると思うから」とおっしゃっていたので、楽しみにしています。気を確かに持たなきゃ(笑)」

――初演は海外作品なので日本語に翻訳しての上演となりますが、その部分についてはどう考えていらっしゃいますか?
松雪「言葉が変わって日本語になったときに、どういうふうに変化して、ちゃんと伝えられるかは一番難しいところだと思います。過去の作品には、翻訳の方も稽古についてくださって、やってみてその場でニュアンスを変えるということもあるので。詩的な表現の中に、背景をどれだけ乗せられるかという部分もありますよね。英語と日本語で、ニュアンスが全然違うんですよ。以前に出演したものの中でも、日本語になったときにストンと来ない、何か他の表現があるんじゃないかという感覚になったことがすごくあって。役になったときに感覚的に来るものはあるんだけど、日本語として表現したときにどうすればいいのかは、結構すり合わせをします。もしこの感覚がそうなのであれば、こういう表現にしたいとか…。そこに流れているものが何なのかを、マリーさんとディスカッションして、ちゃんと捕まえた状態で詩的な言葉、身体表現をしていきたいと思っています」

――原作者であるネリー・アルカンは、高級コールガールから人気作家になり、36歳で自ら命を絶ってしまうという壮絶な生涯を送った女性です。彼女については、どのような印象ですか?
松雪「まだまだこれから深く勉強していくことですけど、娼婦から作家になった訳ですから、それだけでも複雑な人物だと想像できますよね。それを、それぞれ分けて表現していくのは、どんな形になるのかまだ分からないですね。私は彼女の“死の瞬間”を演じる“影の部屋の女”になります。なぜ私がこの役になったのかは…演出家のマリーさんも私が「影だ」ということでしたので、お引き受けします、という感じでした(笑)。でも、叫んでいるようなエキセントリックな役もあって、ほかのどの役も面白そうなんですよね」

――今回の作品では、女性としての激しい部分をより見つめていかなければならないと思いますが、今の時点で共感やシンクロするようなところはありますか?
松雪「共感ですが…まだ難しいですね。でも、女性としての激しい部分というのは、どんな人でも持っていると思うんです。それをコントロールして生きられるか、生きられないかの差というか。制御ができなくて、崩壊していくとこういうことになってしまうのか、というか…。そこはまだ客観的なところですね。でも、俳優という仕事は人間の感情や深層心理に向き合わざるを得ない仕事で、自分の感情も含めて、割と向き合ってきています。人は苦しいところからは逃げてしまいがちですが、それが解放されていなければ前に進めないこともわかっている。持ち続けてしまったことで、苦悩したり、孤独になったりもする。泣きつかれて、がんじがらめになって、逃げ場がなくなって…。肉体から解放されれば、解放されると思いきや…そうじゃないこともあって。そういうものを、改めて見つめなおすことになるんでしょう。…(笑)。きっと、苦しいんでしょうね」

――役どころについては、どのように捉えていらっしゃいますか?
松雪「私は死に向かうところを担当するので、あらゆる時間を経てきて最終地点。そこに来るまでに、どういう時間を、どういう精神状態になっているのか。言ってしまえば、オープニングからのすべてを引き受ける形になる。そこを凝縮したうえで、死に向かっていくさまをどれだけ繊細に表現できるかということは思っています。きっと難易度は高いですが、楽しみにしています。」

――とても大変な稽古になりそうですが、プライベートな息抜きの時間にはどのようなことをしたいですか?
松雪「平和が一番(笑)。子供とおいしいごはんを食べるとか、今日も平和でよかったなといつも思います。あとは植物に触れて、犬と遊んで…生命に触れることですかね。割と園芸が趣味なんですが、今は鳥髑髏(取材日は出演していた「髑髏城の七人 Season鳥」の上演中)に全生命エネルギーをかけているので、お庭も今は夏なので葉っぱがスゴイことになっています。何か見たこともない植物がいっぱい生えすぎて(笑)。最初に造った庭の感じと全然違ってしまっているんですが、ま、これもいいかと。とはいえ、3日間の休演日があるので、そこでちょっと掃除しようかと思っています」

――最後に、本作への意気込みをお願いします。
松雪「何か美しいものが出来上がると思っています。俳優の私たちは、なかなかの状態になってしまうと思うんですが、見てくださる方にとっては美しいものになると。一方で、どこか観る側は客観的に、すごく冷静に観ることができる。不思議な感覚になると思います。美術もすごくきれいですし、衣装もすごく素敵ですから。すごく芸術性が高くて、これを日本人の俳優がやるとどうなるのか…?という気持ちで、楽しみにしていただきたいですね」

 

 

【コラム】自らに満ちている欲を表した作家 ネリー・アルカンという女の生き様

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彼女ほど、ため息が出るほど生々しく、欲を包み隠すことなく荒々しく、そして偽ることなく潔く“女”を著した作家はいただろうか。36歳の若さで自ら命を絶った女性作家ネリー・アルカンの生きざまは、女であるが故の苦悩と渇望に満ちている。 少女の頃、どうしようもなく女であること、心に情欲が満ちていることに気づいて戸惑った。高級エスコートガールになり、どんなに男を悦ばせたところでそれは満たされなかった。やり場のない情念を言葉にすれば、欲は浄化されると信じていたが、作家としてセンセーショナルなデビューを果たして注目を集めるほど、孤独は募った。 愛を求め続ける薬物中毒の女、乱暴な客から逃げるためビルから飛び降りた娼婦…。ネリーが物語で描いた女たちの一人ひとりが、どうしようもなく“女”だ。その女たちが、ネリーの“分身”なのかどうか。世間の目にさらされた彼女は、自らが生み出した女たちに翻弄されていく。そして、彼女は自らの物語に“結末”を求めてしまった。  彼女の人生は、性に奔放で過激なだけの生き方に映るかもしれない。しかし、その欲は誰しもが抱えている普遍的なもの。誰もが目を逸らして、誤魔化しながら生きている中、その激情にネリーは真正面から向き合った。彼女を通してであれば、私たちも目を逸らさずに見届けられるかもしれない。

 

インタビュー・文/宮崎新之

 

【プロフィール】
松雪泰子
マツユキヤスコ 1972年生まれ。91年、TVドラマで女優デビュー。その後、数々の映画、ドラマ、舞台、CMで活躍。2006年には映画『フラガール』で、日本アカデミー賞優秀主演女優賞、日刊スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞した。2008年には、『デトロイト・メタル・シティ』『容疑者Xの献身』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。日本を代表する演技派女優として幅広いジャンルの作品で活躍している。近年の主な出演作に、ドラマ『グッドパートナー 無敵の弁護士』(16)、映画『古都』(16)、『鋼の錬金術師』(17、12月公開)、舞台『るつぼ』(16)、『キレイー神様と待ち合わせした女ー』『背信』(14)など。


【公演情報】
PARCO Production「この熱き私の激情」

日程・会場:
11月4日 (土) ~19日 (日) 天王洲 銀河劇場(東京都)
11/23(木) 広島JMSアステールプラザ 大ホール(広島県)
11/25(土)・26(日) 北九州芸術劇場 中劇場(リバーウォーク北九州6F)(福岡県)
12/9(土)・10(日) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT(愛知県)

原作:ネリー・アルカン
翻案・演出:マリー・ブラッサール
翻訳:岩切正一郎
出演:松雪泰子 小島聖 初音映莉子 宮本裕子 芦那すみれ 奥野美和 霧矢大夢